2008/06/24

『ピエールとジャン(Pierre et Jean)』 モーパッサン(Guy de Maupassant) 

 中野の古本屋で購入したもの。モーパッサンは好きなので、よく文庫コーナーを見るのだけれど、今まで見たことがなかったものなので、たぶん今は書店では置いてないだろう。読めてよかったと思う。やはりモーパッサンの感情表現はまるで自分の身に起こっているようにリアルで生々しく生きている感じがするし、血がふつふつと煮える様な思いがする。いつもハラハラしながら読んでしまう。今回はうっかり電車の中で涙が出てしまうほどだった。
 少ない読書経験からバルザックと比較すると、バルザックはまるで客観的、死人が見たような乾いた眼で物語をたんたんと進めるのに対し、モーパッサンは主観重視の書き方で読者を小説の中にもぐりこませ、あたかも自分がすべての登場人物の体の中に入って経験をともにするような気分になる気がする。
 ピエールとジャンの性格と年齢差は丁度私と弟にぴったり当てはまり、熱しやすいピエールに反感を覚えるどころか彼に同情し、ジャンを妬ましく思った。ジャンよりもひどくイライラしたのは母親である。なぜ彼女は浅はかにも隠しとおせると思ったのか。まずそもそもジャンに遺産が回ってきたとき、ピエールにも分けてやれば世間にも疑われず、ピエールとジャン両方の息子の愛を受け続けられたのではないか。不倫愛でできた子供の幸せを思ってそうしたのではなく、自分の愛を貫き通せたという自己満足に酔っていただけのロマンチックな中年女性としか思えない。女は自由がないから、もっとしたたかに生きるべきだ。そして私がピエールだったらば、怒りにまかせて父親に真実をすべて話してしまうだろうと思う。結局彼は自己犠牲的な道を選び、奇妙な、血のつながりのない家族を残して離れてしまう。それは敗北であると思う。ジャンと母親の絆が深まるだけの結果なんて、ピエールはなんて無駄に時間と精神力を使ったのだろう。そして母親はなぜピエールもジャンも同じ自分の腹を痛めた息子なのに、ジャンを溺愛するのだろう。愛した相手の子のほうが可愛がれるのだろうか。女は恐ろしい。
 「名作ナリ。Une Vieノ比ニアラズ」と夏目漱石が評した文学。『女の一生』は少し長ったらしいかったかもしれないし、ピエールの短期間の激しい感情のほうがエキサイティングかもしれない。でも男がどんなものなのかがわかるのが『女の一生』で、女の酷さがわかるのがこの作品だと思う。
 モーパッサンが好き。

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